格闘家。大みそかでの復帰へ向け海外武者修行を発表
3: 山本“KID”徳郁 の評判
山本徳郁
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山本”KID”徳郁
基本情報
本名 岡部徳郁
通称 KID
神の子
国籍 ● 日本
誕生日 1977年3月15日(32歳)
出身地 ● 日本
神奈川県川崎市
所属 KRAZY BEE
身長 163cm
体重 65kg
ミドル級(HERO’S)
階級 フェザー級
バンタム級
スタイル レスリング
テーマ曲
山本”KID”徳郁(やまもと”キッド”のりふみ、男性、1977年3月15日 – )は、日本の総合
格闘家。神奈川県川崎市出身。本名は岡部徳郁^[1]。学歴は桐蔭学園高校中退〜アメリ
カ留学〜山梨学院大学中退。自らが率いる総合格闘技ジムKRAZY BEE所属。
ニックネームは「神の子」または「KID」。ニックネームの由来は本人曰く、「ミュンヘ
ンオリンピックに出場した父(山本郁榮)は自分の中では神。だから俺は神の子(KID)
」「格闘の神様の子供」というもの。しかし、この発言以前に、「大学時代、俺の小柄
な身体を見たレスリング部の先輩から、まるで子供みたいだから、KIDだ。と綽名された
のが最初」とも本人が語っている。
全身に多くのタトゥーを彫っている。右上腕には「大和魂」とタトゥーを彫っていたが
、2009年4月にそれを覆い隠すように別のタトゥーを彫った。
目次
・ 1 来歴
・ 2 戦績
□ 2.1 総合格闘技
□ 2.2 キックボクシング
□ 2.3 グラップリング
・ 3 獲得タイトル
・ 4 CM出演
・ 5 TV出演
・ 6 関連項目
・ 7 外部リンク
・ 8 脚注
来歴
ミュンヘンオリンピック代表だった山本郁榮を父に持ち、姉・美憂、妹・聖子は世界レ
スリング選手権大会を制覇している。自身も幼い頃よりレスリング(フリースタイル)
で活躍。全日本学生選手権優勝(フリースタイル58kg級)、全日本選手権2位(同級)等
の実績を残す。また祖父は水泳のオリンピック選手だったと自身のブログで写真付きで
公開している。
後に総合格闘家に転向。姉・美憂の夫(当時)であるエンセン井上に師事して2000年に
第7回全日本アマチュア修斗選手権大会ライト級で優勝。翌2001年にプロデビューし修斗
で活躍、ライト級世界ランク2位まで登り詰めた。
2002年9月16日、プロフェッショナル修斗公式戦においてレフェリーストップがかかった
にもかかわらずレフェリーの制止を無視し相手の勝田哲夫選手を殴り続ける暴挙を働い
たため120日間のライセンス停止処分を受ける^[2]。この悪癖はK-1転向初期にもしばし
ば見られた。
2003年12月14日、修斗で王者アレッシャンドリ・フランカ・ノゲイラと修斗世界ライト
級チャンピオンシップで対戦予定であったが、練習中に右手人差指を骨折し、全治2か月
となり欠場した。
2004年2月24日、K-1初参戦となる「K-1 WORLD MAX 2004 〜日本代表決定トーナメント〜
」1回戦で村浜武洋と対戦。1Rに1度、2Rに2度ダウンを奪い、2R2分38秒KO勝利。潜在能
力の高さを見せつけ、一気に人気選手となる。だが、試合前から負傷していた右手第二
中指骨を骨折し、準決勝を棄権した。
その後トニー・バレント、安廣一哉、ジャダンバ・ナラントンガラグを総合ルール(安
廣のみミックスルール)にて一本・KO勝ち。そしてナラントンガラグ戦後、リング上か
らマイクで魔裟斗に対戦を要求。魔裟斗もこれを受け、2004年12月31日のK-1 PREMIUM
2004 Dynamite!!で対戦。1Rに魔裟斗からダウンを奪った直後、金的を貰いダウン。リプ
レイが流れた会場では悲鳴が上がるほどのダメージを受け、実況席からも続行は無理と
言われる程であった。また、完全に視線が下にいっている魔裟斗のリプレイ映像を見て
解説の船木誠勝が故意である事を匂わせる発言をした。インターバルの後に試合は再開
されたものの、精彩を欠いたKIDは2Rにダウンを取り返され、判定負け。
2005年3月3日のHERO’S旗揚げ発表会見に出席し、HERO’S参戦が発表されるも、怪我のた
め、3月26日のHERO’S旗揚げ戦は欠場となった。
2005年5月4日、K-1 WORLD MAX 2005にスーパーファイトで出場。しかしマイク・ザンビ
ディスに生涯初のKO負けを喫した。
2005年7月6日、HERO’S 2005にスーパーファイトで出場。イアン・シャファーと対戦し、
TKO勝利。
2005年9月7日、HERO’S 2005 〜ミドル級世界最強王者決定トーナメント〜準々決勝でホ
イラー・グレイシーを右フック一発でKO、準決勝で宇野薫をパンチで出血させ、TKO(レ
フェリーストップ)勝ち。
2005年12月31日、K-1 PREMIUM 2005 Dynamite!!にてトーナメント決勝を須藤元気と対戦
し、右フックのダウンからパウンドの連打で1RKO勝ち。HERO’Sミドル級王者となり、キ
ャリア初のベルト戴冠となった。だが、勝利した直後「よくやった!お前らよくやった!
」と須藤、そのセコンドの頭をなでた行為などが批判を受けた。
2006年2月17日、修斗代々木大会に出場した同門の菊地昭の試合後にドクターチェック中
であった中山健児リングドクターに対し暴言を吐いた上、足先で臀部を小突いた。事態
を重く見た日本修斗協会は2月21日、山本に修斗全公式戦会場立入禁止、山本が代表を務
めるKILLER BEE(現・KRAZY BEE)所属全選手および関係者へ修斗全公式戦出場停止処分
を下した^[3]。翌2月22日にKIDが中山リングドクターに謝罪し和解したが、3月6日付け
でインターナショナル修斗コミッション(ISC)よりKIDへの無期限ライセンス不許可処
分およびKILLER BEEへの厳重注意処分を受けた。10月12日にKIDがISCおよび日本修斗協
会に謝罪し、10月13日付けで無期限ライセンス不許可処分が解除された^[4]。
2006年5月3日、HERO’Sで宮田和幸と対戦し、開始4秒の跳び左膝蹴り一発でKO勝ち。この
膝蹴りで宮田は下顎骨を骨折する重傷を負った。
2006年7月23日、レスリング選手として2008年の北京オリンピック出場を目指すことを宣
言。プロ格闘家活動を一時休止する。
2006年12月31日、K-1 PREMIUM 2006 Dynamite!!で総合格闘技のリングに一時復帰。アテ
ネ五輪レスリング・グレコローマン55kg級金メダリストのイストバン・マヨロシュと対
戦し、1RKO勝ちを果たす。
2007年1月28日、天皇杯平成18年度全日本レスリング選手権大会2回戦でアテネ五輪銅メ
ダルの井上謙二(自衛隊)の巻投げで右肘を脱臼、試合開始16秒でフォール負けを喫し
た。なお、大会前に同階級の有力選手からは「(山本に)1ポイントも与えるつもりはな
い」「7年もブランクがあっては通用しない」など、長期のプロ活動から復帰した山本を
見下した発言が相次いだ。これは日本レスリング界の伝統の一つである「試合前はマス
コミには大口を叩いて、自分を追い込め!」というモットーに則ったものといわれてい
る。(記事アマチュアレスリングに関連記載有り)
2007年6月、北京オリンピック出場に望みをかけレスリング明治乳業杯全日本選抜選手権
に出場を予定していたが、肘の脱臼が完治せず、練習も満足に出来ていないため出場を
取りやめた。
2007年9月17日、HERO’Sでビビアーノ・フェルナンデスと総合格闘技復帰戦を戦った。腕
ひしぎ十字固めをかけられ回転して逃げるなど危ないシーンもあったが、スタンドでの
ローキックなどでダメージを与え、判定勝ち。試合の1週間前に左手首の豆状骨を骨折し
た。
2007年12月31日、K-1 PREMIUM 2007 Dynamite!!でハニ・ヤヒーラと対戦。ヤヒーラのグ
ラウンドには付き合わずスタンドでの攻防となり、最後は左フックでKO勝ち。ヤヒーラ
がダウンした後の頭部へのサッカーボールキックに対してイエローカードが提示された
。
2008年7月21日、DREAM.5でジョセフ・ベナビデスと対戦予定であったが、練習中に右膝
前十字靭帯を断裂し、欠場となった。同年8月1日に手術を受け、成功した。同時に前年
に骨折していた左手首の手術も受けた。
2009年4月5日、DREAM.8のテレビ放送の解説を務め、メインイベントの桜井”マッハ”速人
vs. 青木真也でマッハが勝利後、「かっこよくて強いほうがいいっすよ、キモくて強い
より」と発言した。
2009年5月26日、約1年5か月ぶりの復帰戦となるDREAM.9のフェザー級グランプリ2回戦で
ジョー・ウォーレンと対戦し、判定負け。
2009年7月13日、約4年2か月ぶりのK-1参戦となるK-1 WORLD MAX 2009でチョン・ジェヒ
と対戦し、1Rに右アッパー、左フックの連打を受け失神TKO負け。
戦績
総合格闘技
総合格闘技戦績
20 試合 (T)KO 一本 判定 その他 引き分け 無効試合
17 勝 12 2 3 0 0 1
2 敗 1 0 1 0
勝 対戦相手 試合結果 イベント名 開催年月
敗 日
DREAM.9 フェザー級グランプリ2009
? ジョー・ウォー 2R(10分/5分)終了 2nd ROUND 2009年5
レン 判定1-2 【フェザー級グランプリ2009 2回戦 月26日
】
? ハニ・ヤヒーラ 2R 3:11 KO(左フッ K-1 PREMIUM 2007 Dynamite!! 2007年12
ク) 月31日
ビビアーノ・フ HERO’S 2007 2007年9
? ェルナンデス 3R終了判定3-0 〜ミドル級世界王者決定トーナメン 月17日
ト決勝戦〜
? イストバン・マ 1R 3:46 KO(膝蹴り K-1 PREMIUM 2006 Dynamite!! 2006年12
ヨロシュ ) 月31日
? 宮田和幸 1R 0:04 KO(跳び左 HERO’S 2006 2006年5
膝蹴り) 月3日
? 須藤元気 1R 4:39 KO(右フッ K-1 PREMIUM 2005 Dynamite!! 2005年12
ク?パウンド) 【ミドル級決勝】 月31日
2R 4:04 TKO(左眉 HERO’S 2005 〜ミドル級世界最強王 2005年9
? 宇野薫 尻カット) 者決定トーナメント準決勝〜 月7日
【ミドル級準決勝】
ホイラー・グレ 2R 0:38 KO(右フッ HERO’S 2005 〜ミドル級世界最強王 2005年9
? イシー ク) 者決定トーナメント準決勝〜 月7日
【ミドル級準々決勝】
? イアン・シャフ 3R 1:23 TKO(レフ HERO’S 2005 ミドル級世界最強王者 2005年7
ァー ェリーストップ) 決定トーナメント 月6日
ジャダンバ・ナ 1R 1:55 KO(右スト K-1 WORLD MAX 2004 〜世界王者対 2004年10
? ラントンガラグ レート) 抗戦〜 月13日
【総合ルール】
2R 2:40 腕ひしぎ十 K-1 WORLD MAX 2004 〜世界一決定 2004年7
? 安廣一哉 字固め トーナメント開幕戦〜 月7日
【ミックスルール】
トニー・バレン 1R 0:58 チョークス K-1 WORLD MAX 2004 〜世界一決定 2004年4
? ト リーパー トーナメント開幕戦〜 月7日
【総合ルール】
? ケイレブ・ミッ 1R 0:40 TKO(右フ 修斗 2003年9
チェル ック) 月5日
? ジェフ・カラン 5分3R終了判定3-0 SuperBrawl 29 2003年5
月9日
? 勝田哲夫 1R 2:45 TKO(パウ 修斗 2002年9
ンド) 月16日
? ステファン・パ 1R 0:30 TKO(額カ 修斗 2002年5
ーリング ット) 月5日
− ジョシュ・トム 2R 2:00 無効試合( Shogun 2001年12
ソン ローブロー) 月15日
? 門脇英基 1R 4:02 TKO(右フ 修斗 SHOOTO TO THE TOP 2001年9
ック) 月2日
? 亀田雅史 1R 4:17 KO(パンチ 修斗 SHOOTO TO THE TOP 2001年7
) 月6日
? 塩澤正人 5分2R終了判定3-0 修斗 SHOOTO TO THE TOP 2001年3
月2日
キックボクシング
キックボクシング戦績
4 試合 (T)KO 判定 その他 引き分け 無効試合
1 勝 1 0 0 0 0
3 敗 2 1 0
勝 対戦相手 試合結果 イベント名 開催年月
敗 日
? チョン・ジェ 1R 1:20 KO(右アッパ K-1 WORLD MAX 2009 World 2009年7
ヒ ー?左フック) Championship Tournament FINAL8 月13日
? マイク・ザン 3R 0:39 KO(右フック K-1 WORLD MAX 2005 〜世界一決定ト 2005年5
ビディス ) ーナメント開幕戦〜 月4日
? 魔裟斗 3R終了判定0-3 K-1 PREMIUM 2004 Dynamite!! 2004年12
月31日
2R 2:38 KO(左フック K-1 WORLD MAX 2004 〜日本代表決定 2004年2
? 村浜武洋 ) トーナメント〜 月24日
【1回戦】
グラップリング
勝 対戦相手 試合結果 イベント名 開催年月日
敗
The CONTENDERS
? バレット・ヨシ 1R 0:26 TKO(タオル投 Millennium-1 2001年6月10
ダ 入) 【ライト級トーナメント決勝 日
】
The CONTENDERS
? 若林次郎 延長R終了判定2-0 Millennium-1 2001年6月10
【ライト級トーナメント準決 日
勝】
The CONTENDERS
? 小室宏二 5分2R終了判定40-38 Millennium-1 2001年6月10
【ライト級トーナメント 1回 日
戦】
獲得タイトル
・ 初代HERO’Sミドル級王座
・ 全日本アマチュア修斗ライト級優勝
CM出演
・ アサヒビール SUPER H2O(2007年)
TV出演
・ 今田ハウジング(2007年11月21日放送)に家族で出演した。姉山本美憂が番組に実
家の風水リフォームを依頼したことに応じての出演。この収録には妹山本聖子も家
族で出演し、父、郁榮の元に一族全員が集合するという光景が見られた。
関連項目
・ エンセン井上
・ 保住直孝 – クラブで大喧嘩したことがある
・ 男子総合格闘家一覧
・ 男子レスリング選手一覧
・ HERO’S選手一覧
・ K-1選手一覧
・ 山本”KID”徳郁 HEART HIT RADIO(ニッポン放送月曜日夜)
・ レゲトン
外部リンク
・ 山本”KID”徳郁 BLOG
・ KRAZY BEE(主宰ジム)
・ HERO’S 選手データ
・ K-1 選手データ
・ SHERDOG 選手データ
・ Wrestling Database 選手データ
脚注
1. ^ 【DREAM】7・21KID欠場発表会見の全文「6か月ではなく、半分ぐらいで復活する
」 GBR 2008年7月18日
2. ^ 修斗コミッションが山本徳郁120日間のライセンス停止処分 BOUTREVIEW 2002年10
月1日
3. ^ 山本徳郁およびKILLER BEE所属選手に無期出場停止処分日本修斗協会広報誌 BLOG
版 2006年2月21日
4. ^ KIDが協会とコミッションに謝罪。 BOUTREVIEW 2006年10月13日
前優勝者 HERO’S 2005 ミドル級最強王者決定トーナメント優勝 次優勝者
N/A J.Z.カルバン
2005年12月31日
“http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B1%B1%E6%9C%AC%E5%BE%B3%E9%83%81″ より作成
カテゴリ: 編集半保護中の記事 | 日本の総合格闘家 | 日本のレスリング選手 | 神奈川
県出身の人物 | 1977年生 | 存命人物
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